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58 インタビューについて

 

 少し前のことだが、生まれて初めてインタビューを受けた。
 仕事でインタビューをしたことはあるが、受ける側に回ったのは初めての体験だった。なんというか、気恥ずかしく思うと同時に、僕なんぞに話を聞いて面白いことがあるのだろうかとひどく不安に思った。
 実際、その不安は的中した。質問に対して、ことごとく上手く答えられなかったのである。
 あらかじめどういうことを質問されるのか、聞いておけばよかった――そう後悔したが、すべては後の祭り。仕方なくむにゃむにゃと、それらしいことを、理屈にならない理屈で丸め込んだ上で、「ま、そんなかんじです」などと愛想笑いで誤魔化しつつ喋った。サイテーだ。思い返すたび自己嫌悪である。

 そして、予想通りその部分は使われなかった。当然だ。自分でも何を言っているかわからないものを、インタビュアが原稿に起こせるはずもないのだから。なので、インタビュアの方にはこの場を借りて心から謝りたい。わけのわからないことを言って、本当にすみませんでした。
 ところで、受け手に回ってわかったことだが、実はインタビューされると、だいたいにおいて自分の中で2つの答えが生まれてくる。常識的な答えと、非常識な答えである。そしてそのことが、インタビューにおいて回答に閊える理由となる。
 この点、日常生活ではまず閊えない。例えば面接で「当社を志望された理由は?」などと問われたとき、心の中には「御社の製品が素晴らしいからです!」という回答と、「給料がいいからです!」という回答が浮かぶ。もちろん僕は前者を答える。建前を使うべき局面がはっきりしていればこそ、回答には閊えないのだ。
 翻ってインタビューである。実はインタビューに答えるとき、建前つまり常識的な答えを言うべきか、それとも本音つまり非常識な答えを言うべきか、大層悩むのだ。
 どちらをどのように答えたかは、あえて言わない。だが、どちらか片方に寄ればインタビュー記事としては破綻するしかないのは明らかだ。建前よりではつまらないし、本音よりでは過激にすぎる。したがって僕は、本音と建前を上手いことミックスして答えた、とだけ、ここでは述べてお。
 いずれにせよ、次にインタビューを受けるときには、もっと上手くやろう――そう、心に誓った。実際に、そんな機会がまたあるかはわからないが。

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