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42 東大卒について

 

 東京大学を出た奴は、やっぱりすごい。
 学歴コンプレックスではない、と信じたい。だが、仕事を通じて東大卒の人とお付き合いすると、本当にこいつらすげえな、と思わされることが多い。もちろん例外もあるが、少なくとも僕が知っている東大卒の優秀率は、九割を超えている。
 その理由を考えるに、やはり東大が最高学府だからなのだろうと思う。
 僕は、とある大学を出ている。世間的にはまあまあいいほうの学校だと思う。しかし正直に告白すると、実は記念受験のつもりで受けた大学だった。なのだけれども、たまたま素晴らしい幸運が僕の頭上で輝いたらしく、合格できてしまった。だから入学してからいろいろと苦労したのだが、それはさておき、そんな明らかに力不足の僕が言うのも憚れるのだが、そのとある大学にいたクラスメイトたちは、能力的に見て、ある一定のバンドの中に入っていたように思う。すなわち、極端にできない人間はいなかったが、極端にできる人間もいなかったのだ。
 言い換えれば、基本的にはその大学に見合う人間が、その大学に在籍していたのである。
 そうなる理由は明らかだ。できない人間はその大学に入れないし、できる人間はもっと偏差値が高い大学に行くからである。
 そこで問題になるのは、「すごくできる人間」や「想像を絶するほどできる人間」が、はたしてどの大学へ行くのか、だ。
 答えは、どちらも東大に進む、である。よくできるのだから当然だ。だが、その質において二者には大きな違いがある。すごくできる人間は「一生懸命勉強して東大に行く」のだが、想像を絶するほどできる人間は「ごく当然のこととして東大に行く」のである。
 つまり、東大には、優秀な人間と、優秀すぎてリミッターが外れた人間の、二種類がいるのだ。
 この、リミッターが外れている類の人間は、実は東大にしかいない。なぜなら彼らは、日本にあるおよそすべての大学に難なく行ける頭を持っているので、必然的にその筆頭とされている東大に進むのである。
 そして、お付き合いして舌を巻かされるのが、まさにこの類の東大卒なのだ。
 一例を挙げると、僕の高校時代の友人が、まさにそのタイプの男だった。
 彼は高校生のころから、渉外弁護士になりたいという夢を抱いていた。僕が「ショウガイって何?」とつぶらな瞳で言うのをよそに、彼の成績は抜群で、文系科目だけでなく理系科目も高得点を連発していた。そして彼は当然のように東大に進むと、そのまま大学四年で司法試験に合格し、卒業と同時にいわゆる四大事務所のひとつに入っていった。今ではそこの管理職である。
 何がおそろしいかといえば、彼が必死になっているのをほとんど見たことがないということだ。高校のときから一緒にスキーに行ったり、大学時代も一緒に合コンしたり、神津島に遊びに行ったりと、結構遊びまくっていたはずなのだが、にもかかわらずその裏で彼はあっさりと難題をクリアしていったのである。
 だから余計に思うのだ。まったく、東大行くような奴はすげえな、と。
 余談になるが、くだんの彼に僕の本を読ませたところ、感想は「『あまつさえ』という言葉づかいに郷愁を感じました」というものであった。彼のレベルからすればあまりに内容が稚拙であることには触れない優しさが、その行間から垣間見えた。つくづく東大卒は、げに恐ろしいものである。

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