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35 デマについて


 こんな三文文士の僕にさえ、デマが流れていることに、大層驚いた。
 言ったこともなければ、思いもしなかったことについて書かれている。あまつさえ「本人に聞いた」とまで述べている。おい、俺はそんなこと言ってねーぞ、それよりお前何者だ。
 と、一瞬憤ったが、すぐに思い直す。いや、これこそ僕も遂にデマを流されるほどのひとかどの人物となったということの証じゃないか。よきかなよきかな。
 と、一瞬ほくそ笑んだが、またすぐに思い直す。いやいや、ちょっと待て、僕がそんな大人物じゃないことくらい、自分でよくわかっているじゃないか。
 目が白黒する。じゃあいったい何目的なのか。
 考えてみるに、デマを流すというのは、基本的には悪意があってのことだろう。要するに、当該者を害したいという明確な目的意識があるのだ。怪文書の類がそれに近いかもしれないが、それによりデマを流された側は、場合によっては具体的な損害を被ることもある。刑法が侮辱罪を規定する所以である。
 一方、悪意なきデマというのもあるように思う。別に害を成す云々という意識はあまりなく、一見するとなんのためにやっているのかがよくわからないが、このときの動機は実は自己顕示欲である。オレハコンナコトヲシッテイルンダゾ、ソンナオレハスゴイノダ。そんな幼い感情がスタート地点にある。
 どちらにしても、デマを流された側はまったく迷惑千万である。
 しかし、話を戻すが、ここだけの話、実は僕は知っているのだ。
 何を知っているのかというと、先述のデマを流したのは誰なのかということをだ。
 社会を甘く見てはいけない。匿名性の向こうで、意外とみんな、ボロを出しているのである。
 ご参考までに、デマを流した方がどんな方かをご説明しよう。残念ながらその方は、社会的にあまり恵まれていない立場におられる。具体的に言えば、職がない。正確にはクビになった。仕事の水準が高くなかったのが原因らしい。そのためかお金もなく、日々糊口を凌いでおられる。外見も残念ながらよろしいとは褒め難く、恋人ができたためしがない。もっともそれはその方の性格が歪んでいることに原因があるようだ。色々な意味で残念なのだが、それがために精神的に困窮しており、ずっと自宅に引きこもっている。一方では家賃が払えないため、明日のわが身にも困っているのが現実だ。
 そこでひとつ僕からお願いしたいのは、僕はデマを流された被害者ではあるものの、以上の理由によってその方にはできるかぎりの同情を持って接したい考えているので、周囲におられる方々も、どうかその方を優しい目で見守っていただきたいのだ。その方は、こんな矮小な僕にさえデマを流したくなってしまうくらい、本当に、本当に気の毒な方なのだから。

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